おはようございます。

「ツカコッコー」です。

 

 

私の母は2016年7月22日に

クモ膜下出血のクリッピング方式で

手術をし、なんとか命を落とさずに済みました。

 

 

そして、私の母は、実に3回目の

クモ膜下出血の手術を

2018年11月29日に行いました。

 

 

母のクモ膜下出血に関する記事は

こちらをご覧下さい。↓↓↓↓↓↓↓↓

クモ膜下出血は突然に!高血圧 高血糖なら予期せぬ最期に要注意

 

 

私の母が、最初の手術をしたのは

3年以上も前になるのですが

主に顔見知りの看護師は

入院病棟の看護師なので

最近は中々会えていません。

定期検査も毎月では

なくなったので尚更ですね。

 

 

2020年 9月 16日(水)は手術後の

定期検査のため病院に来ました。

 

 

新型コロナ患者が入院中の

病院なのでちょっと怖かったですね。

 

 

レントゲンやCT、MRIを

撮る場所は1階に集中しているので

どうしても人が集まってきます。

結構多くの人がいて密な状態でした。

 

 

 

 

しかし

3階の脳外科の待合室は

ガラガラでした。

いつもは椅子に座れないほど

混んでいるのにとても珍しいです。

いつもこのくらいの人だといいのですがね。

 

 

 

 

検査結果は良好でした。

良かったです。

安心しました。

 

 

私は自分の頭(髪の毛)を

看護師に見て欲しかったのですが

外来病棟付近には入院病棟の

看護師がほとんどいないので

病院をうろついていたのですが

今回も知り合いの看護師に

会えませんでした。

 

 

 

 

 

知り合いの看護師に

私の頭の変化を

聞こうとしましたが

この日も知っている

顔見知りの看護師には

会えずに

とても残念です!

 

 

しかも、定期検査も毎月ではなく

4ケ月毎の周期になり

4ケ月ぶりに

病院に来たので

知り合いの看護師に会える

確率はかなり下がりました。

もう顔見知りの看護師には

会うのは難しいかもしれないですね。

 

 

 

看護師たちが知っている 昔の私の無残な頭 ↓↓↓↓↓↓↓

 

 

看護師たちが、本日見るはずだった 今の私の頭 ↓↓↓↓↓↓↓

 

 

看護師達にこの

いまだに毛の生えている

私の頭の変化を

見てもらいたかったのですが

知り合いの看護師達には

会えなかったので残念でした。

 

 

 

 

 

次にこの病院に来るのは

2021年1月なので

この病院で私のことを

覚えてくれている人は

相当少ないでしょうし

知り合いの看護師に

出会える確率も低いと思います。

 

 

なんせ患者の入れ替わりの

激しい病院ですからね。

一人ひとりいちいち

覚えてはくれませんから。

 

 

 

 

 

本日も私の頭を見てもらうには

全く収穫のない病院でした。

とても残念でしたが

いつまでもウロウロ

していても仕方ないですし

担当の医師にも用が済んだら

とっとと帰った方がいいと

言われたので帰りました。

 

 

 

 

 

 

 

2019年 9月 25日

本日は手術後の定期健診に

病院を訪れました。

 

 

検査結果は良好でした。

良かったです。

 

 

知り合いの看護師を探したのですが

見つけることは出来ませんでした。

残念です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私の母は、実に3回目の

クモ膜下出血の手術を

2018年11月29日に行いました。

 

 

私の母が、最初の手術をしたのは

2年以上も前になるのですが

2年以上病院に通っていると

必然的に、看護師や病院スタッフに

顔見知りが自然と多くなります。

 

 

6月 12日の本日は手術後の

定期検診のため外来受診に参りました。

 

 

受付付近には

入院病棟の看護師がほとんど

いないので

知り合いの看護師に

今回も会えませんでした。

 

 

 

 

知り合いの看護師に

こちらから頭の変化を

聞こうとしましたが

この日も知っている

顔見知りの看護師には

会えませんでした。

残念!

 

 

しかも

定期健診も毎月ではなく

3ケ月毎の周期になり

3ケ月ぶりに

病院に来たので

知り合いの看護師に会える

確率もかなり下がりました。

 

 

 

看護師たちが知っている 昔の私の無残な頭   ↓↓↓↓↓↓↓

 

看護師たちが、本日見るはずだった 今の私の頭  ↓↓↓↓↓↓↓

 

 

看護師達にこの

ものの見事な私の頭の違いの変化を

見てもらいたかったのですが

知り合いに会えないので残念でした。

 

 

 

 

かわりに受付の人に

私の頭の変化を、聞こうとしましたが

3ケ月前に会った人がいなかったので

新しい人に聞いても

わからないだろうと思ったので

受付の人に聞くのはやめました。

 

 

次にこの病院に来るのは

9月なので、この病院で

私のことを覚えてくれている人は

多分少ないでしょうね。

なんせ患者の入れ替わりの

激しい病院ですからね。

一人ひとりいちいち

覚えてはくれませんから。

 

 

 

 

本日も全く収穫のない病院でした。

とても残念でしたが

いつまでもウロウロ

していても仕方ないので

肩を落としながら

家路へ向かいました。

 

 

 

私の頭の変化に気がついてくれた頃の記事はこちら  ↓↓↓↓↓↓↓↓

看護師は私の頭の異変に気付いた

 

 

 

どのようにハゲていくのでしょうか?

「ハゲていく過程を知りたい方はこちら」

 

 

 

そういえば、漁師に薄毛が少ないのには秘訣があった!

「漁師には薄毛が少ないのはなぜなの?」

 

 

 

毛髪再生医療ってどれだけ高額なのか!?

「毛髪再生医療は高額を知りたい方はこちら」

 

 

 

自分が薄毛にあてはまるか、知りたい方は要チェックです!

 

 

 

誰だって正直ハゲたくない、ハゲたくなかったら読んだ方がいいかも!?

 

 

 

 

 

 

 

受付は私の頭の変化に気付かなかった

(あたり前のことですね)

 

 

私の母は、実に3回目の

クモ膜下出血の手術を

2018年11月29日に行いました。

 

 

3月 13日(水)は、

定期健診、検査の為

病院を訪れました。

 

 

この日は残念ながら

知り合いの看護師には

会えませんでした。

実は、顔見知りの看護師から

今回も色々な意見を

積極的に聞くつもりでしたので

とても残念でした。

 

 

 

看護師たちが知っている 昔の私の頭↓↓↓↓↓↓↓

 

 

看護師たちが、本日見るはずだった 今の私の頭↓↓↓↓↓↓↓

 

本日も、看護師にこの

ものの見事に、だいぶ生えた

頭の変化を見てもらいたかったのですが

誰にも会えないので残念でした。

 

 

かわりに受付の人に、1月に聞いたように

私の頭、毛が去年より生えてませんか?

と聞いたら、今回も

「えっ!よく見てないのでわかりません」と

言ってました。

 

 

患者のこと、ましてや付き添いの人のことは

受付では、ほとんど覚えておりませんと

ハッキリ言われてしまいました。

 

 

3月にまた来るから、頭見てねと

伝えたのですけど、やっぱり

忘れられておりました。

(これだけ人が多いと覚えてるわけないですね)

 

 

ところが、誰にも会えずに残念がっていた

その時、2年ぶりに母の担当だった

リハビリスタッフに会ったのです。

「あー〇〇さんお久しぶりー」

おー、お久しぶりですね。

 

 

「今日はどうされたんですか?」

いやー実は去年3回目の手術してね

それで今日は検査だったんですよ。

3回目の手術はリハビリの必要なくて

退院したのでリハビリスタッフは

3回目の手術を知りませんでした。

 

 

今回は、私からリハビリスタッフの方に、

ねえ私の髪の毛濃くなったと思わない?と尋ねました。

すると「えっ何かしたんですか?」と言うのです。

たまらず私が、実は育毛したんですよ。

と言うと、「そう言われてみたら増えたかも?」

とのことでした。

あまり私の頭よく見ていなかったようです。

 

 

まあ、リハビリスタッフの方は、

入院中しょっちゅう会うわけでもないので

私の髪の毛が増えたことに気がつかないのは

あたり前のことかもしれませんね。

今回はちょっぴり残念な結果でした。

 

 

 

次回の来院時には

誰か、知り合いに会えるといいなー!

そして、私の頭の変化にすぐに

気がついてくれるといいなー!

 

 

 

 

 

 

看護師は私の頭の異変に気付いた

 

 

 

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育毛中の私のスケジュールはこちら(日勤務時)

 

 

 

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薄毛で悩んでいる人が

たくさん増えていて

来店や、ご相談のTELは

男性よりも多いとのことです。

 

 

実に4人に1人の女性が

薄毛でお悩みだそうです。

 

 

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主に「ミノキシジル」と呼ばれる成分ですが、

リジンはミノキシジルとの相性が抜群だということを聞き、

それなら使わなきゃと、はじめたのがL-リジンプラスでした。

 

 

使いはじめ約半月くらいで、髪の毛にのコシ、ハリがでてきて、

生え際の新しい毛も、更に一層黒々しくなってまいりました。

このミノキシジルとL-リジンプラスとの相乗効果には驚き、

髪の毛が、想像以上に増えたことを嬉しく思っております。

 

 

しかも、育毛だけでなく、

肌の艶、ハリが良くなり

身体の疲労感が取れやすくなったり、

気分がシャッキっとしたり、

身をもって実感致しました。

 

 

今では、育毛はもちろんですが、

健康維持、増進のためにも

不可欠となったL-リジンプラスは

私の大変お気に入りで、オススメでございます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

受付は私の頭の変化に気付かなかった

 

 

私の母は、実に3回目の

クモ膜下出血の手術を

11月29日に行いました。

 

 

私の母が、最初の手術をしたのは

2年以上も前になるのですが、

2年以上病院に通っていると

看護師や病院スタッフに

顔見知りが多くなります。

 

 

1月 9日の本日は、

2018年 12月19日に

受付に記載をお願いしていた

診断書を取りに来ました。

 

 

受付付近には、看護師がほとんど

いないので、知り合いの看護師に

会えませんでした。

 

 

本日は、知り合いの看護師に

今度は、こちらから

頭の変化を聞こうとしましたが

こうゆう時に限ってなかなか

会えないもんなんですよね。

 

 

 

看護師たちが知っている 昔の私の頭↓↓↓↓↓↓↓

 

看護師たちが見るはずだった 今の私の頭↓↓↓↓↓↓↓

 

今日も、看護師に違いの変化を

見てもらいたかったのですが

誰にも会えないので

 

 

受付の人に、

私の頭、毛が去年より生えてませんか?

と聞いたら

「よく見てないのでわかりません」とおこたえ

いただきました。(あたり前ですよね)

インパクトが弱かったようです。

(よっぽどインパクトないと、ほとんどの人覚えてないと言っていました)

 

 

今日の俺の頭よく見ておいて、3月に又来るから頭又見てねと

勝手に告げると、迷惑そうに

「はぁー、あ、はい」と本当に迷惑そうでしたが、

私のことは覚えてくれたようでした。(多分忘れているでしょうね)

 

本日は、診断書代を支払いとっとと

家に帰って来ました。

 

 

看護師は私の頭の異変に気付いた

 

 

 

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育毛中の私のスケジュールはこちら(日勤務時)

 

 

 

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誰だって正直ハゲたくない、ハゲたくなかったら読んだ方がいいかも!?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

12月19日本日は、

11月29日に行った

母の3回目の手術の後の

検査のために病院に行きました。

 

 

検査の結果は良好でした。

本当に良かったです。

 

 

病院関係者の皆さん

本当にありがとうございました。

感謝致します。

 

 

 

 

 

本日、12月3日に

母親は思いのほか

早く退院となりました。

 

 

前回は意識無くなったり

何かと生死を彷徨いましたが

今回は、意識を失うことなく

順調な回復でした。

 

 

想像以上に早い

退院となりました。

 

 

ドクター、看護師の皆さん

リハビリスタッフの皆さん

病院関係者の皆さん

本当にありがとうございました。

お世話になりました。

感謝致します。

 

 

 

 

 

 

 

 

本日11月29日

私の母の

実に、三回目のクモ膜下出血の

手術を今回は、コイル式で行いました。

 

くも膜下出血の治療

 

手術も無事に成功し、経過も順調で安心致しました。

 

 

皆さん、

クモ膜下出血には

絶対にならない方がいいです。

クモ膜下出血になると

死ぬまで

一生付き合っていくことになります

 

 

また、10年後生存率は

10%ととても低く

かなりの確率で死にます

 

 

 

私の母は、クモ膜下出血を発症する前は

高血糖で高血圧でした。

皆さん糖尿病高血圧に、

ならないように気をつけて下さい

 

 

高血圧糖尿病になると

脳出血脳梗塞だけでなく、

大動脈瘤(りゅう)や

大動脈解離(かいり)

といった病気を発症する

可能性がございます

 

 

いずれの病気も

死に直結しますので

予期せぬ最期にならないように

ご注意して下さい

 

 

 

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私の母親は、2016年7月21日に

クモ膜下出血で倒れました。

 

 

手術をして2年以上過ぎたので

もう、大丈夫だろうと

安心しきっていたところ

前回手術を施した付近に

また、新たなコブが

見つかりました。

 

 

明日、11月29日に

手術を行います。

 

 

手術前日の

11月28日に入院しました。

 

 

 

 

 

 

 

11月13日(火)本日

母の、くも膜下出血の手術後の

10月11日におこなった

検査結果を更に詳しく

検査するため

旭〇央病院に行ってまいりました。

 

 

12:00からMRI検査をやり

その後、MRI検査で生じた

磁気によるシャント手術後の

バルブの誤差を調整をしてから、

 

 

13:30から

カテーテルによる造影剤を使用した

更なる精密検査に行きました。

 

 

14:30から

医師による検査結果の説明があり

今回の検査結果で

更なる手術が必要だとのこと。

 

 

今度やる手術は、新しく出来た

コブを破裂させないようにする

予防手術で、カテーテルによる

コイル手法による手術になり、

開頭によるクリッピング手術よりは

患者への負担は少ないとのことでした。

 

 

手術スケジュールは

他の医師らとカンファレンスをおこない

明日以降に、発表するとことでした。

 

 

11月14日医師による説明によると

手術が必要とのこと。

しかし、今回は開頭手術は不可能で

カテーテルによるコイル式の手術となりました。

 

 

しかも、クリッピング手術すぐ横に

コブが出来たため

カテーテルによるコイル式手術でも

難易度が、かなりあがるようだ。

 

 

結局、11月29日に

手術することに決めました。

 

 

 

 

 

10月24日(水)今日は、10月11日(木)に

行った、精密検査の結果を聞くために

病院に来ました。

 

 

 

結果は、以前手術した付近に、

また新たなコブが出来ているとのこと

更に、カテーテルによる精密検査が必要だと医師は言うのです。

検査は、毎週火曜日、またまた予約がすぐに取れずに

11月13日(火)に一泊二日で、検査入院することに

なってしまいました。

えらいことになりました。

 

 

 

10月11日(木)今日は、母の脳の精密検査のため

3ケ月ぶりに

旭〇央病院に検査としては10回目(精密検査は退院後はじめて)

にPM1:10から病院に訪れました。

PM1:30からの

精密検査の予約でしたが、

駐車場は、第1駐車場も、第2、第3、第4、第5駐車場

どこも、未だに満車でしたね。(外来はAMのみです)

第1駐車場↓↓↓↓↓↓↓↓

第2駐車場↓↓↓↓↓↓↓↓

母を玄関でおろして

遠く、遥か彼方の駐車場に車を停めて

私は、母のもとへ行き

精密検査の受付へ、連れて行きましたが

受け付けはいつもの、通常のCT検査の受付場所と同様でした。

 

 

受付を済ませて、いつもより、更に奥の精密検査場所(はじめて)

に行くと、すでに数人が待っていて、時間通り(PM1:30)には

精密検査は、始まりませんでした。

精密検査の予約時は、精密検査は1日一人と聞いていたので、

精密検査を予約したのですが

各課(内科、外科、整形外科、心臓外科、脳外科等々)1日一人と

考えてみたら、納得できる人数ですね。

なにしろ、この辺の田舎では唯一の大病院ですからね。

 

 

PM2:00に開始予定の時間30遅れで精密検査が

はじまりました。

聞くところによると30分遅れなんか

まだ、良い方みたいで、急患が運ばれてきたときや、

入院中の患者が容態悪化すると、予約の外来なんか

後回しにされるから、30分、60分遅れなんか

当たり前だと言っておられました。

 

 

30分遅れで、ようやく精密検査が終わると

今度は、別館の3Fの脳外科で会計の受付をするように

指示されました。

えっ、今日は外来はなくて、検査だけなんですけど

と伝えましたが、会計受付は脳外科でやってくださいと

淡々と言われました。

 

 

ここの病院は、継ぎ足し継ぎ足しの

増築を繰り返してきた病院でして(変な形、まるで迷路)

本館から、同じ階へ別館には行けず

別館へのアクセスは、相当にとても悪く

いったん、1階に降りてから

数百メートル歩いて別館へ行ってから

エレベーターに乗らないと脳外科には行けないのです。

 

 

年寄りが、しかも、病み上がりの患者が、

会計の受付のためだけに、わざわざ数百メートル

歩かされるのは、とても過酷だと思いました。(病院は患者目線ではけしてない)

(個人的には、亀田総合病院見習えよって思ったりしました)

亀田総合病院も継ぎ足し病院ですが、各階への

アクセスは、よく考えておられます。

(患者さん目線で設計されてるように感じます)

(設計した人のセンスもあるのでしょうね)

 

 

余談ですが、亀田総合病院では

芸能人もよく見かけたりしましたね。(名前はいえませんが)

「問い合わせいただければ、こっそり教えますよ」

(ラウンジ、ステーキハウス等々にいましたよ)

 

 

まあ

話がずれてしまいましたが、

別館3Fの脳外科の

受付に行くと

AMで外来は終わっているため

閑古鳥、受付以外誰も、人はおりません。

(誰もいないのに電気つけっぱなし、もったいない)

(早朝ならんでいても、電気ケチってるくせに)

ここで、会計の受付を済ませて

また、1階まで降りて

数百メートル歩いて、

本館の会計機械でわざわざ

会計済ませるのですが、なぜ、会計機械1回で

会計できないのか不思議に思います。

 

 

ここの病院は、AIが古すぎるんだと(旧型ザクみたいなのかな?)

改めて思いました。

患者の必要以上の、無駄な動き負担が多いですよね。

患者の負担のことを、あまり考えて無い病院。

 

 

普通の患者でも不満の多いこの病院!

ここの病院では、芸能人はみたことありません。

まあ、芸能人見るために通っているわけでは無いのですが

もう少し、

患者の気持ちに寄り添える病院にするとか

改善がみられると

良い病院になると思うんですよね。

良い方向に改善されなければ、他の病院への転院も

最近は視野にいれております。

 

 

 

9月14日㈭と9月14日㈮にかけて

お盆に行くことの出来なかった。

お墓参りに行ってまいりました。

お墓の場所は、

駐車場から数百メートルの距離ですが、

急な坂道が多く母には

大変な労力なので

私一人でお墓参りに

いこうとしたしたのですが、

 

 

突然、

母も行くと言い出したので、

(ビックリ!です)

数百メートルの僅かな距離ですが

手術の後遺症で片目の視力が

ほとんど見えない、遠近感の取れない

母は、ヨッチヨッチとしか

歩けないのに、

僅かな距離を数十分かけて

ゆっくりと

坂道を登り切り、

お墓までたどり着きました。

 

 

お彼岸前でお墓は多少

荒れておりましたが、

蜘蛛の巣などを

とりはらい、

簡単なお掃除をして、

無事にお墓参りを

することができました。

 

 

母は、何分も

拝んでおりました。

 

 

登ってきた坂道を

更に、来た時より時間をかけて

ゆっくり、ゆっくりと

下りていきました。

 

 

母曰く

筑波山登った時より

疲れたと言っておりました。

脳年齢94歳の母にとっては

大変過酷だったと思われます。

 

 

そして、お寺を

参拝し、本家に向かいました。

宮城県白石市 臨済宗 傑山寺

伊達藩 白石城 城主 片倉小寿郎公像と 母上

本家では

叔母さんが

快く出迎えてくれました。

叔母さんも86歳になるので、

だいぶ、動けなくなったと

言っていました。

 

 

昼食を共にし

数時間、談笑して

久しぶりの

楽しい時間を

過ごしました。

 

 

叔母さんは

まだ、ゆっくりしていきな

と言っていただきましたが

母は、くたびれたと

言うので

叔母さんとの

別れを惜しみながら

宿に向かいました。

 

 

宿にはいるなり

母は横になり、そのまま

眠ってしまいました。

今日は、

車で、約5時間助手席に座り

急な坂を歩いて上り

お墓参りをしたので

母は、よほど疲れてしまったんでしょうね。

 

 

私は、温泉に入りにいき

ゆっくりと湯につかって

旅の疲れを癒しました。

 

 

部屋に戻ると

母は起きてテレビを見ていて

自分も温泉に行くというので

風呂場まで案内してあげて

私はビールを買って

部屋でゆっくりと

嗜みました。

 

 

夕食は食べきれないくらい

沢山ありましたよ。

母も、私も完食致しました。

もう、おなかいっぱいでした。

部屋にもどり

テレビを見ながらゴロゴロしたいたら

いつの間にか母も私も寝てました。

母は4時には起床して

テレビを見ていました。

 

 

朝食が7時からでしたので

私は、6時頃まで寝ていました。

朝食はビュッフェ方式でしたので

またまた、食べ過ぎてしまいました。

 

 

9時頃にはチェックアウトし

途中、途中パーキングで

休憩しながら

ゆっくりと

家へ無事に帰ってきました。

 

 

家に着くなり

またまた、母は寝てしまいました。

よっぽど疲れたんでしょうね?

 

 

でも、

母が、こうして動けるうちに

お墓参りと、

本家に行けて

叔母さんと

お話が出来て

本当に良かったと

思っております。

今回は、

親子の

良い旅でした。

 

 

8月31日㈮

本日は、採血と薬をもらいに

母親を連れて近くの医院に行きました。

血圧も病状も安定していて良かったです。

胸のレントゲンも異常はなく

安心しました。

 

 

7月11日 水曜日

旭〇央病院検査9回目

2016年7月22日に手術をしてから

もうすぐ、丸2年になろうとしています。

くも膜下出血、手術後存命率は10年後には、数%しかないです。

母はあと何年生きられるのか?

 

 

母にはもっともっと、元気で長生きしてもらいたいです。

「先生、母はトイレ、お風呂は自分で出来ると以前に言いましたけど、

簡単な調理や、洗濯も自分で出来る様になりましたよ」

 

 

先生

「えっ本当ですか?凄いじゃないですか?よかったですね」

「検査結果も順調ですよ。バルブ開度も問題なし」

「でも、念の為次回は、造影剤を使い、久しぶりに詳しい検査をしてみましょう。

次回、10月11日に詳しい検査をやりますから

この同意書2通にサイン捺して持ってきてください。」

私は「オイオイまたか?」と思いつつ

わかりましたと言うしかなかったです。

 

 

 

 

4月18日 水曜日

旭〇央病院検査8回目

いつも通り待ち時間数時間、検査時間約30分、診察時間数分

検査結果異常なし。

「先生、トイレやお風呂は自分でも出来る様にはなりましたが、

掃除、洗濯、料理とかは出来ないんですけど、もっと良くなりますか?」

先生曰く

「あのね、〇〇さん、このオペでまず生きているのが奇跡なんですよ。

例え一命をとりとめても、寝たきりになる人や、介助なしには生きていけない方々が

ほとんどなんですよ。

〇〇さんは自分のこと自分で出来てるじゃないですか?

元通りの生活を送れるのは僅か数%です。〇〇さんは元通りの生活は送れなくても

あれだけのオペです。

脳へのダメージは、そうとうなもので、はかりしれないんですよ。

実年齢より、20歳は年をとったと思って下さい」

私は、ガーンとショックをうけました。

私はてっきり、このまま更に母の症状は改善して、もっともっと良くなるものだとばかりだと

思っておりました。先生の言葉を聞いて、とてもショックでしばらく動けませんでした。

「今までより、母をもっともっと、いたわり、更に優しくしないといけない」

私はそう痛感しました。

 

 

 

 

 

2018年 1月24日 水曜日

旭〇央病院検査7回目

いつも通り待ち時間数時間、検査時間約30分、診察時間数分

検査結果異常なし。特に問題ないから次回診察は4月にしましょう。

「えっ先生、そんなに間隔あけて大丈夫なんでしょうか?」

「なんか、変化あったらすぐに来て下さい」淡々と言っていました。

そんなもんなんすかね?

 

 

 

 

11月22日 水曜日

旭〇央病院検査6回目

いつも通り待ち時間数時間、検査時間約30分、診察時間数分

検査結果異常なし。特に問題なし。

 

 

 

9月27日 水曜日

旭〇央病院検査5回目

いつも通り待ち時間数時間、検査時間約30分、診察時間数分

検査結果異常なし。

この日母は、先生に梨を渡していました。

先生からは「もうこういうことは結構です」と釘を刺された感じでして

母は、先生にそう言われると、とても寂しそうでした。

 

 

 

 

8月12日 土曜日には

祖母と伯父の17回忌に参列するために

今年2回目の、宮城県白石市の傑山寺に行ってきました。

母もまた来れるとは思っていなくて、白石に行けてとても喜んでおりました。

お母さん良かったですね。

 

 

 

7月26日 水曜日

旭〇央病院検査4回目

この日は、とても暑く、とても暗い待合室で待っていると

気の利いた職員の方が電気をつけてくれました。

エアコンもつけてくれました。

ありがたいですね。

検査結果は異状なし。病院で待つ時間は数時間、検査時間は数十分

診察は、たったの3分くらい

これで、しかりと、本当によく診てくれているのか

疑問に思う事が最近多々ございます。

 

 

 

5月24日 水曜日

旭〇央病院検査3回目

しかし、この病院は7時前から自動受付やってるのに

節電か? いつ行っても真っ暗 闇 闇 闇

お化け出そうな雰囲気です。

検査は異常なし。

良かったです。

先生には、5月9日に行った宮城県白石のお土産ではなく

何故か母は、靴下を先生にプレゼントしていました。

不思議でした。

 

 

 

3月15日 水曜日

旭〇央病院検査2回目、

先生は、

「ちょっと血液と髄液のバランスが悪い?かな」

私にはさっぱり解りません。

先生は、

「水頭症のバルブ調整をやりましょう」とのこと。

バルブ調整でうまくいかなければ、頭に穴を開け、更にオペをやるかもしれないとの事でした。

 

「オイオイまたオペかよ?」

 

母の頭の中には、管とバルブ(弁)があり、これに機械をあてて

ものの5分くらいで、バルブ開度の調整を終えました。

バルブの調整を終え、更に詳しく検査した結果。

「大丈夫そうですね、少し様子見ましょう。次回は5月に来て下さい」と言われました。

「そんなに、期間あいて大丈夫なんでしょうか?」それと

「先生、宮城県に母を連れて、墓参りに行きたいのですが行ってもいいですか?」

「特に頭痛がなければ大丈夫」と先生は言いました。

といううことで、

5月9日に、母を連れて無事に、宮城県白石市に墓参りに行くことが出来ました。

宮城県白石市 臨済宗 傑山寺 本殿と 片倉小寿郎像

本殿の天井画 見事でした。

翌日食べた白石温麺 おいしかったなー!

お母さん、無事に退院できて、何年かぶりに白石にも来て

お墓参りもできて

本当に良かったですね。

母はとても嬉しいそうでした。

 

 

 

2017年に入り、懸命なリハビリのおかげで、母の容態はだいぶ改善され

私も、みるみるうちに、良くなっていく母の姿を見てきたのでとても嬉しくなりました。

更に、ドクターが「2月末より早く退院できるかもしれませんよ」と言ってきました。

「ついに退院できるのか」私は飛び上がるくらい嬉しかったですね。

2週間くらい過ぎた頃に看護師から「そろそろ退院の日を決めて下さい」との事でしたので

「1月23日に退院します」と告げました。あと数日での退院となります。

同部屋のKさんは「退院するの?いいな。いいな。私も早く退院したいな」と

寂しいそうに呟いていました。

はれてその日はやってきました。

1月23日 月曜日 天気も良く退院日よりでした。

精算を済ませ、ドクター、看護師、リハビリ担当の方々に挨拶をし

皆さんに見送られ

無事に退院しました。

皆さん本当にお世話になりました。

ありがとうございました。

 

翌日、1月24日 火曜日

旭〇央病院に行き検査をすることになりました。

検査結果異常はありませんでしたが、「ちょっと、水頭症のバルブ調整が必要になるかもしれない」

次回の検査で決めましょうとのことでした。

 

 

 

2016年12月31日大晦日

こちらの〇島病院は、おせちとまではいかないが、御餅や、色々工夫された豪華なメニューでした。

母も他の入居者もとても嬉しそうでした。

私は、下の食堂に行き、かつ丼を頼んでみました。500円と安い値段の割には

とてもうまい、その辺の食堂なんかより遥かにうまいです。

母のお見舞いに来るたびに、こちらの病院の食堂に通うようになりました。

 

 

夕方ドクターが回診にきて、2017年の2月末には

「もし、このままなら他の施設に移転してください」といわれました。

母はまだ完全には歩けず、車椅子が必要な状態です。

「リハビリの病院は半年しかいられないようだ

来年早々にもリハビリ施設を探さなくてはと」

年末から焦った。

出来ることなら家に連れて帰りたい。

私は、ただただ祈ることしかできませんでした。

「無力だ」

 

 

2016年10月7日頃であろうか?

母が意識を取り戻した。また奇跡がおきたのである。

嬉しい反面、もう母は運を使い果たしてしまったのではないか?

と不安にもなったが、何より意識を取り戻したのはとても嬉しかったです。

ずっと、寝たきりだったので、また筋力が落ちてしまい

歩けるようになるまで、しばらく時間がかかりましたが、

懸命なリハビリスタッフのおかげで、少しづつ、よっちよっちと歩けるようになりました。

まだ完ぺきではないのに、また、例のごとく「緊急性がなくなったから

リハビリ病院に転院してくれと」旭〇央病院を11月4日に追い出された。

 

 

 

2016年9月27日「旭〇央病院に再入院」

また

こちらの病院に来た。

また、オペ前に誓約書三通書くことに 「またかぁー」

今回の水頭症のオペは、案外早く約4時間弱でアッという間に終わり。

 

 

母は、すぐ喋れるのかと思ったら、そうではなかった。

まだ、オペ前と同じ状態だった。目はうつろで、呼びかけには応じない。

医師は「このまま寝たきりになるかもしれない」とポツリと呟いた。

私はここまでかぁー 元にはもどらないのか?

落胆した。

 

 

2016年8月8日 「昏睡状態から目覚めた」

生死を彷徨ってから約12日後、奇跡が起きたのだ。

私が病院を訪れると母の目が開いている。「わかるか?俺だ?」

わかると言う。「名前言ってみろ」母は私の名前をきちんと言えた。

 

 

この12日間、目も明けず、一切の問いかけにも、何にも反応しなかった母が

ついに目覚めた、嬉しかった。「何かしたいことあるか?」

母は腹減ったと言う。 食欲も出たようで私は嬉しかった。

巡回してきた看護師に朝飯を依頼した。まずは、おもゆからだと説明をうけた。

 

 

医師が回診に来た時に、母が意識が戻ったのをみて驚いていた。

この病気は寝たきりになる人がほとんどなので

やはり普通の生活は、おくることができない人が多いのだなーって痛感しました。

 

 

その後みるみるうちに、順調にリハビリもこなし、ある程度回復したので退院してくれと

医師から言われた。

後は、リハビリ病院に転院してくれとのことでした。

 

 

緊急性のなくなった患者は、ある程度回復すると追い出されるようだ。ベッド数が不足しているから仕方ない。

9月上旬に旭〇央病院から鹿島にある〇島病院に転院しました。

 

 

〇島病院はリハビリ専門の病院で、母と同じ病気の人や、脳梗塞の人、交通事故で足が不自由になった人が

一生懸命リハビリをしていた。

 

 

ここでならもう大丈夫と思って約二週間また、悪夢が忍び寄ってきた。

第二の峠「山」だ。

母の様子がまたおかしくなり、しゃべれなくなり、動けなくなった。ついに終わるのか?どうなるか?

わからなかった。リハビリの医師からはここでは、脳外科は診れない。

また、旭〇央病院へ検査のため連れていくことになった。

 

 

朝、オムツをかえてもらい、車椅子を病院で借りて、万全で旭〇央病院へ向かった。

検査なのに外来と一緒の扱いで、何時間も待たされた。

そしたら!何か臭ってきた。オフクロがオムツに荷物を落としたのだ。身動きがとれないオフクロをかかえ

一人ではオムツ交換は無理だ。看護師にオムツ替えを一緒に頼んだ。看護師は快く引き受けてくれて

オムツ替えは無事に済んだ。800グラムの特大ハンバーグが作れそうな具でした。看護師の優しさに

とても感動し胸の内で感謝した。

 

 

さて、検査の結果予想通り、第二の峠だ「水頭症」を発症していた。

オペが必要だが、ベッドが空いてない、後日また来てくれと言われた。

母を抱えまた〇島病院へ戻ることになった。

 

 

車に乗せてしばらく、またあの臭いが、、、!車の中ではオムツ替えは無理だ臭いまま鹿島へ急いだ。

〇島病院に着くなり看護師を駐車場に呼んで、母の一緒に搬送を頼んだ。

病院側はこのまま旭〇央病院へ入院するものと思ったらしい。

幸い部屋はまだ空いていた。助かった。

二日後旭〇央病院へオペのために向かった。

 

 

2016年7月22日 「ついにオペの瞬間が」

オペの前に誓約書が三通も書かされた。

麻酔科、脳外科、内科の誓約書だ。

医療事故の多い昨今、医療ミスによる医療裁判が多発しているので、

医師と患者との間に、医師が有利になるような誓約書を書かないと

検査やオペさえおこなってもらえないようです。

仕方なく三通記入しました。

 

 

書類が揃いようやくオペに入りました。なんだかんだ病院に搬送され1時間以上はたってました。

こちらとしては「早くオペしてください」って感じでした。

やっとオペがはじまると思ったら、医師から「覚悟はしておいてください」と言われ

ああ100%確実なオペではないことを思い知りました。

 

 

オペ開始から約8時間後、無事にオペは終了し、母と再会することが出来ました。

母は左目の視力は失いましたが、普通に会話もできて、このまま順調にリハビリすれば

順調に退院できるもんだとばかり思ってました。

 

 

ところが

回診にきた医師から、10%の確率でしたよ更に社会復帰できるのは三分の一だと医師は言った。

今は普通にしゃべれますが、ここから大きな峠が二つあります。

まず、一つ目の峠は1週間くらいしてからですね。と、淡々に話された。

 

 

六日後それは突然訪れた、母の様子がいつもと違う、目は開かず、問いかけにも応えない

いや応えられない。一つ目の山「脳血管攣縮」のはじまりだった。

母は約12日間生死を彷徨った。

 

 

「普通の日常が普通でなくなった日」

みなさん こんにちは、ツカコッコーです。

皆さんは、いつも普通に元気な身近な人が突然倒れたらどうしますか?

そりゃびっくり!しますよね?

 

 

私もそうでした。2016年7月21日に母と

ある用事で千葉に行ったとき、コンビニで母がトイレに行ったのですが

30分たっても戻ってこない、糞でもたれてんのかと思ったら?

 

 

さっきまでとは、まるで別人の、

のっそのっそと、まるで下肢身体障害者のようにゆっくりゆっくり歩いてくる母の姿が

「どうした?具合悪いのか?」  母は頭がとても痛いと言う。

「医者にいこうよ」と私は言ったが、母はクライアントが待っているから悪いから約束を果たすと言う。

「大丈夫なのか?」  母は大丈夫と言う。

 

 

待ち合わせの場所に行ったが、母はソファーに横たわり、クライアントに会えないと言い出した。

出先で、こんな失礼な態度をとる母ではないので、とても心配したが、

私にクライアントに会ってきてと頼まれる。

 

 

仲介業者とクライアントに会うことにした。

仲介業者は医者呼びましょうかと気遣ってくれたが断った。

今思えば、ここなら名の知れた大きな病院が沢山あるので

ここで医者に行っていたらなーって後悔してます。

 

 

結局、商談は無事にまとまり、茨城に帰ることになりました。

道中も母の頭痛は治ることもなく、そのまま帰宅しました。

医者に行こうと言っても我慢強い母は病院に行こうとせずそのまま、夕方に就寝しました。

 

 

翌朝、頭痛が収まらないのでかかりつけの医院に行ったら

検査が必要だと言われ、近くの済〇会病院を紹介されMRI検査をしました。

 

 

検査をした結果レントゲン技師が車いすを持ってきたので

「母は重症なんですか」と尋ねると医師から状況聞いてくださいといわれた。

 

 

医師からは「くもっ膜下出血」と告げられ目の前が真っ暗になりました。

同時に酒もたばこもやらない母がなぜ?と知らず知らずに涙がこぼれていました。

私は喧嘩で鼻殴られても泣いたことなかったのに、不思議でした。

ここでは手術できないと言われ他の病院に搬送されることになりました。

私は北総病院に搬送してくださいと医師にお願いしましたが

医師からは知り合いがいないので北総病院には紹介できないと言われました。

 

 

内心「このへたれ医師」と思いましたが今はそれどころではありません。

医師からは小〇記念病院はどうですか?といわれましたが、

私は、あんなとこに行ったら帰ってこれない(死)といいました。

「先生他に紹介できる病院ないのですか」と聞いたら旭〇央病院なら紹介できるとのことでした。

「小〇病院なんて最初に言わないで早く言えよこのヘタレ」って思いましたが

一刻を争うのでじゃそこでいいですよと言いました。

 

 

先生にドクターヘリ頼むと言ったら50万円から100万円かかりますよと言われたが

私用でドクターヘリ呼んだら費用実費知ってます。お願いしますと頼みました。

したらデレスケ ヘタレ医師今ドクターヘリ稼働中で呼べませんだって

だったら早く救急車で搬送してくださいって頼みました。

 

 

そしたら医師が私も救急車に乗りますからあなたは自家用車で行ってくれと言われました。

救急車には患者のほか付き添いしたか乗れませんから

私は自家用車で向かいました。

私の方が先に病院につき救急車を待ってました。

 

 

救急車が到着し、付き添いの医師から当病院の医師に引き継ぎが行われたのですが

ヘタレ医師何言ってるのか私でも解らず、当病院医師は「はいはい解りましたもう結構ですお帰り下さい」

ヘタレ医師はペコペコ頭下げるだけ、私はこの人に何しに来たの?って感じ。

医者にもランクがあるってこの時痛感しました。